LOGIN一方、王宮の別棟では三陣営の思惑が静かにうごめいていた。―――北国陣営(リディア側)――― 王宮の北棟、リディアに与えられた客室。 窓から差し込む柔らかな光が、氷細工のように美しく繊細な彼女の横顔を照らしていた。「リディア様」 侍女のエルザが、静かに部屋に入ってきた。 年は三十を過ぎているが、静かな足音と伸びた背筋には、貴族の教育を受けたであろう優雅さがある。 窓の外を見つめたままリディアが静かに口を開いた。「昨日の陛下との謁見……エルザ、あなたも隅で聞いていたわね」「はい、リディア様」 エルザは慎重に言葉を選んだ。「陛下の態度の変化……正直驚きました」「驚いた、では済まされないわ」 リディアが初めて、侍女の方を向いた。 その青い瞳には戸惑いと、そして僅かな希望の光が宿っていた。「初回の謁見では、『お前たち』『感謝しよう』と……まるで物を扱うような口調だった。私は覚悟していたのよ、エルザ」 リディアの声に、僅かな苦みが滲む。「父上の命に従い、政略結婚の駒として冷たく扱われることをね。北国の姫としてのプライドを捨て、ただ国のために尽くすという任務を全うするために」 あの時、彼女は心を凍らせた。 感情を殺し、ただ役目を果たすと決めた。「でも、昨日は……」 リディアは自分の手を見つめた。「陛下は私を『責任ある大役を担う方』と呼んでくださった。政略の道具ではなく、一人の人間として……敬意を、示してくださった」 エルザは主人の横顔を見つめた。 あの何にも感情を動かさないと云われる冷徹な氷の姫・リディア様が、心を揺らしている。「あの瞬間、私は……初めて人として見られたと感じたの」「リディア様……」 だがリディアの表情が、再び冷たくなり唇を噛んだ。「でもどう考えてもおかしいのよ、エルザ」「はい?」「あなたはどう思う? あの時の陛下の言葉は……本心だったと思う?」 エルザは暫く沈黙した後、慎重に口を開いた。「……恐れながら、不自然に感じました」「不自然?」「はい。初回と次の謁見の間は、わずか一日しかありません。傲慢と云われる人間がたった一日でここまで変わるものでしょうか」 リディアの表情が眉を顰め、端整な顔立ちがより冷ややかになった。「つ
―――異世界・アルカディア王国―――「……本当に一体何が起きたんだ?」 執務室の重い扉を閉めたシグルは、深く息を吐いた。 先ほどの后候補との再面談——あれは奇跡だった。 いや、奇跡という言葉では軽すぎる。 暴君と云われるレオンハルト陛下が、相手の立場に立って言葉を選び、感謝と敬意を口にしたのだ。 リディア様の氷のような表情が溶けた瞬間。 セレス様が涙を浮かべて誓った瞬間。 カリナ様が感極まって膝をついた瞬間。 全ての変貌を、この目で見た。(これが……導き手の力なのか) シグルは机に手をつき、震える指先を見つめた。 陛下は確かに言った。『声が聞こえ、導き手がいる』と。 正直、最初は心配した。 疲労による幻聴か、あるいは何かの呪いか。 だが、違った。 あの助言と的確すぎる指摘は、確実に陛下とこの国を救っている。「――名を、確認せねば」 シグルは決意した。 神なのか、まやかしなのか、導き手の正体は分からない。 だが、せめて名だけでも知らなければならない。 導き手が自分の信頼に足る存在かを見極めるために。 翌朝、執務室。 まだシグルが来る前の静かな時間。『王様、さすが! 特訓の成果あったね!』 脳内に響く、明るく弾んだ声にレオンは苦笑した。「……カヤ」 レオンは窓の外を眺めながら、ゆっくりと深く息を吐いた。「昨日は、その……助かった」 その声には、わずかに安堵の色が滲んでいた。 感謝の言葉など普段口にすることもない彼が、自然にその言葉を発したことに自身でも少し驚いていた。 そんな彼の僅かな変化に気づくことなく、由奈は昨日の成果をひたすら分析し、誰がどこでどんな反応をしたかを熱心に語りだした。『リディアさんのキツイ表情が溶けた瞬間とか、もう感動したよ! セレスさんも感激して泣いちゃうし、カリナさん完全に落ちてたし! あれ、完璧だったよ!』「そ、そうか……」 レオンは頬を掻いた。 褒められるのは悪い気はしない。 だが、この褒め方は母親が子供の初めて出来た事を褒めるような感じである。『特にね、「私に教えてほしい」のくだりなんか最高! セレスさん、完全に心開いてたもん!』「あぁ……。まぁ、お前の言う通りにしただけだが……」『また謙遜しちゃって! でも本当、よく頑張ったよ。偉い偉い!』「……偉い、って
――その頃、現代・由奈の部屋―― 由奈はスマホを握りしめたまま、涙を浮かべていた。「……やったぁ! やったよ、王様……! すごいすごい!」 画面には、リアルタイムで更新された続きが表示されている。(ちゃんと、三人に伝わった……!!) 由奈は画面を見つめながら、小さく呟いた。「よかった……本当に、よかった」(言葉にはちゃんと力がある……。伝え方を変えるだけで、こんなにも相手の反応が変わるんだ) そして彼女は、自分の現実にも目を向けた。(私も晃にちゃんと伝えてみようかな) リビングからは、夫の晃が帰宅する音が聞こえた。「ただいま」 いつもの小さく素っ気ない声。 だが――今日はいつもと違った。 晃がリビングのソファにドカッと座ると、珍しく深いため息をついた。「……はぁ~……」 由奈は、何かに疲れたその様子に気づいて声をかけた。「どうしたの? 仕事で何かあった?」「……まあ」 晃は眉間に皺を寄せながら答えた。「今月から、新人が三人入ってきたんだ」「ああ、この前そんなようなこと言ってたね」「そう。で、俺がその研修担当になった」 晃は疲れた顔で続けた。「一人は、プライドが高そうなキャリア志向の奴。もう一人は、おとなしくて温厚そうな感じの奴。最後の一人は、前職で実績があるらしくて、自信満々なタイプでさ」「ふんふん」 由奈は相槌を打ちながら聞いていた。「それで、今日指導したんだけど……」 晃は深いため息を吐いた。「三人から『言い方がきつい』って人事にクレーム入れられた」「え?」「俺は普通に指導しただけなのに、『威圧的』だの『説明が足りない』だの言われて……正直、何が悪かったのか分からない」 由奈は、一瞬呼吸を忘れた。(……ん? この状況どこかで聞いたような……?)「三人の……新人女性?」「ああ」「プライド高そうな人と、温厚そうな人と、実績ある人?」「そうだけど」 晃が不思議そうに由奈を見た。「それがどうした?」 由奈の脳裏に、さっき読んだばかりの小説の場面が蘇った。 氷のように整った、プライドの高い王女『リディア・フォル・ノルトハウゼン』 柔らかく温厚そうな、神殿出身の聖女『セレス・アルティナ』 騎士としての実績を持つ、近衛騎士団長の妹『カリナ・ヴァルニール』「……嘘でしょ」
―――異世界・アルカディア王国――― レオンは広間に向かう廊下を歩きながら、昨夜の「特訓」を思い返していた。(相手の立場で考える、か) カヤ――あの謎の声の主は、夜遅くまで付き合ってくれた。「リディアには『遠路はるばる』を強調して」「セレスには『あなたの存在が心強い』と伝えて」「カリナには『頼りにしている』を強調して言うこと」 何度も何度も、声に出し練習させられた。 正直、最初は「こんなことに意味があるのか」と思った。 だが彼女の言葉には、「もしかして物事が変わるんじゃないか?」という不思議な説得力があった。 何よりも、過去と同じミスで自分の立場が再び今世でも危うくなるのは絶対に避けたい。(あの者に従うのは癪だが……ここまできたらやるしかない) 広間の扉が開く。 昨日と同じ光景で、三人の后候補が再び並んでいた。 だが今日は違う。 レオンは深呼吸をして、玉座の前に立つ。(まず、立って迎える。それがカヤの最初のアドバイスだ)「お待たせした」 レオンは、まっすぐに三人を見据えた。「昨日は……不躾な態度を取った。申し訳ない」(――え?) 三人の女性の間に、驚きが走った。 リディアは僅かに眉を上げ、セレスは驚いたように瞳を揺らし、カリナは思わず息を呑んだ。(あの傲慢な王が……謝罪を?) レオンは、カヤに教わった通りに続けた。「まずは――リディア・フォル・ノルトハウゼン」 リディアの名を呼び、一歩近づく。「遠路はるばる……この国まで来てくれたこと、心から感謝している」「――!」 リディアの冷たい表情が、僅かに揺らいだ。 本気で、言っているのだろうか。「お前が……――」
――現代・由奈の部屋―― その時、スマートフォンに更新通知が来た。『第3話 后候補との面談』 由奈は祈るような気持ちで、物語の続きを読み始めた。『レオンハルトは玉座に腰を下ろし、眼前に立ち並ぶ三人の女性を見渡した。 背筋を伸ばし、王としての威厳を保つ。 それが彼にとっての正しいと思われる姿勢だ。』 この冒頭の文章を見た瞬間、由奈の脳裏に最悪の予感が駆け巡った。 彼にとって正しい。 正しい? この威厳ある姿を三人の女性に見せることによって?「やば……絶対やらかすパターンかも……!」 急いで本文を読み進める。 そして――『よく来てくれた、お前たち。感謝しよう』 この一文を読んだ瞬間、目を見開き由奈は絶叫した。「ちょっと待てぇ~~~!」 由奈は頭を抱えた。(なんなのこの初手の挨拶! 初対面の妃候補の女性たちに向かって『お前たち』言うし! 何この『感謝しよう(棒読み)』みたいな言い方!! しかも『しよう』ってなんなのー!) 王様の発言で、場が凍り付き三人の妃候補たちの反応が悪くなっていく。 さらに読み進めると――『これだから女の心情など理解しがたい』「あぁ!!」 予想的中。 やっぱりこの王様はやらかした。「もう~~~~なによ、これ~~~~!」 由奈は布団の上でスマートフォンを握りしめ、転がっていた。「……そうだ! 読者コメント!」 由奈は必死でコメント欄を開いた。【コメント欄】 読者A: 王様、これはひどいwww 読者B: 后候補全員敵に回してて草 読者C: この王様、恋愛スキルゼロどころかマイナスでは?? 読者D: 前世で暗殺されたの納得した「ですよねー! やっぱりみんなそう思うよ……」 由奈は深くため息をついた。(それにしても……) 再び読み返して気づく。『陛下、ここは皆様に別室でお休みいただき、改めてお話を……』「ここのシグルさんのアシストが神すぎるわ……」 レオンが沈黙で場を凍らせた後、宰相シグルが機転を利かせて一旦仕切り直しを提案した。 あのまま放っておいたら一向に話が進まなかっただろう。「これよ、これ。 王様のヤバさを完全に理解してる。 しかも、王の威厳を保ったまま撤退させてる! 有能な部下のフォロー! もっとお給料上げてあげて!」 完全に今回の話の
―――異世界・アルカディア王国――― レオンハルトは玉座に腰を下ろし、眼前に立ち並ぶ三人の女性を見渡した。 背筋を伸ばし、王としての威厳を保つ。 それが彼にとっての正しいと思われる姿勢だ。 広間の中央に並ぶ彼女たちは、それぞれがまったく異なる顔を持っていた。 リディア・フォル・ノルトハウゼン。 北方の大国から送られてきた王女。 氷を彫刻したような整った顔立ちに、冷ややかな眼差し。 その美貌は誰もが息を呑むほどだが、同時にとても近寄りがたい。 彼女の瞳には、常に値踏みの色が浮かんでいる。(さあ、この方はどんな言葉で私を試すのかしら) リディアは内心、冷めた目でレオンを観察していた。 政略結婚の駒として送り込まれた自分を、この若き王がどう扱うのか。 それが全てだ。 セレス・アルティナ。 神殿出身の聖女。 柔らかな微笑みと、ふわりと漂う優しげな雰囲気。 だがその瞳の奥には、どこか掴みどころのない影が揺れている。 セレスは困ったように視線を伏せた。(噂通りこの方も、我が神を信じてはいらっしゃらないのでしょう) 彼女が背負うのは聖女という名の重圧。 そして神殿という巨大組織の意向だ。 王が人々の信仰を軽んじれば、それは即座に民衆の不信へと繋がると不安視していた。 カリナ・ヴァルニール。 近衛騎士団長の妹にして、自らも剣の腕は一流。 軍装姿のまま広間に立ち、真っ直ぐに王を見据える。(私には、一体どんな命が下されるのだろうか) カリナの表情は静かだが、その目には僅かな警戒が宿っていた。 直属の兄の話によると王からの命令は、大分無謀なものばかり。 その内容によく兄は愚痴をこぼしていた。 レオンは一拍の間を置いてから、口を開いた。「よく来てくれた、お前たち。感謝しよう」 その言葉は、一見すれば丁寧だ。 だが。 温度がまるでない。 まるで書類に判を押すように、事務的で心のこもらない響き。(この私に向かってお前とは……) リディアの眉がピクリと動いた。 胸中に広がる呆れを、表情には出さない。 セレスは困ったように視線を下げた。 真心のこもらぬ言葉だ、と内心でそっとため息をつく。(私はともかく、他のご令嬢にはもう少し言葉を